少 年 法 の 改 正 を 求 め る 要 望 書 

 

 

「少年犯罪被害当事者の会」は、実際に我が子を少年たちによって殺された体験から、現行の少年法には重大な欠陥があると痛感し、以下のように少年法を改正することを、切に要望いたします。

 

 

I 要望に関する基本的な姿勢

 平成九年十二月に結成された「少年犯罪被害当事者の会」は、子供を殺された十一家族の親たち(平成十年四月二十八日現在)を中心に、一切の団体や宗教等にとらわれることなく、当事者の立場で純粋に少年法の改正を訴えてきました。

 事件に遭遇した私たちは、いったい誰が、なぜ、どのように我が子を殺したのか、

教えてもらえませんでした。警察に尋ねても、「残念ながら少年法があるから教えることはできない」と言われました。子供を殺された大きな衝撃のなか、思いもよらなかった

こうした現実は、私たちの疲れた心と体に重くのしかかりました。

 やり場のない怒り、哀しみ、苦しみ、恨み--世の中に存在するあらゆる屈辱を受けなければいけない理不尽を味わった私たちは、ただ悲しんでばかりいるわけにはいきませんでした。「真実を知りたい」「このまま許すわけにはいかない」「裁判では犯罪事実を

知ることができる」と思い、「殺人という重罪を犯した犯人たちには、それ相応の刑罰が科せられる」と信じて疑っていなかったわけです。

 しかしながら、実際には「刑事裁判」とはまったく性質の異なる「審判」が行われ、

しかもその期日はもちろん、内容も一切私たちに知らされずに深い闇の中で終了し、

加害少年たちの処遇はすでに決定していました。

 なぜ、こんなことになったのか? 少年法には何が書かれているのか?--私たちが

そこで初めて読んだ法律は、実に不可解きわまりないものでした。私たちは、正義をじゅうぶんに活かすことができない現行の少年法の下で成長する子供たちは、むしろ不幸だと思っています。

 事実、私たちの子供を殺害した少年たちの犯罪は、死者に追い打ちをかけるような

むごたらしい内容であるにもかかわらず、少年側は「まさか死ぬとは思わなかった」

「殺意はなかった」などと言い逃れをするケースが多かったのでした。

このような判断能力はある一方で、実際に人を殺してしまったことに対して、あまりにも無責任に権利だけを主張するような子供たちを無批判に容認してしまう社会が、

本当に幸せな子供たちを育てる健全な社会だと自信を持って言えるのでしょうか。

 私たちは、「少年法」が第一条で<この法律の目的>として掲げている「少年の健全な育成」を否定しているわけではありませんし、厳罰を求めているわけでもありません。

私たちが少年法の改正を求めるのは、真の意味での「少年の健全な育成」を具現化し、

私たちの子供が味わったような悲劇を繰り返さないようにするためです。

 つまり私たちは、少年に罪の意識をしっかり認識させ、自分の罪の深さを正しく認めて反省をすることによって、初めて少年の健全な育成はスタートすると思っています。

そしてまた、その私たちの根底にあるのは、もう二度と帰らない子供に対し、「どんなに痛かっただろう」「どんなに苦しかっただろう」とその無念さを思う、世俗的な利害関係を離れた親の純粋な気持ちです。

 

 

II 少年法改正の具体的な要望とその理由

一.「知る権利」に関連して

 

 1 調査(成人の刑事裁判における捜査)及び審判(同裁判)段階で知り得た事実等については、これを隠さず、被害当事   者側が知りたいと意思表示をした場合は、すみやかに対応する。

 

 2 審判段階において、被害当事者側が加害者側に意見陳述をしたいと意思表示

   をした場合は、この申し出を受け入れる。

 

 前項Iでも述べたように、いったい誰が、なぜ、どのように我が子を殺したのか、

被害当事者側は教えてもらえません。加害者側の保護に重きを置くあまり、被害当事者側が不等に軽く扱われるこうした現状は、憲法十四条が保証している「法の下の平等」の

精神に反すると言わざるをえません。

 

 欧米先進諸国の例と比較してみても、日本における被害者側の「知る権利」は、いまだ手つかずの劣悪な状態だと言っても過言ではなく、そのために私たちは必要以上に精神的に苦しんできました。知る権利を持っていない私たちの中には、やむなく独自調査を開始はじめる者も少なくありませんが、残念ながら、その私たちが知り得た事実を相手側に

ぶつける機会もありません。どうか、こうした不平等に理解を示してください。

 

 

一.「事実認定」に関連して

 

 審判段階の事実認定において検察側の関与を認め、弁護側との対審形式という民主的なルールにのっとって(いわゆる「裁判機能」の行使)、より正しい事実認定を

めざす。ただし、加害少年の健全な育成を配慮して、事実認定はすみやかに行う。

 加害少年の付添人として弁護人と両親が審判の席につく現行の制度の下、保身のために事実が覆い隠される傾向に拍車がかかっています。しかし私たちは、事実認定をより正しく行うことは、なんら少年の健全育成を阻害するものではないと考えます。そしてまた、加害少年の健全育成への道のりは、自分の犯した犯罪事実を親ともども真摯に受けとめることによって、初めて第一歩を切ることができるのだと思います。

 むろん私たちは、加害少年の権利を後退させろと主張しているわけではないし、無実である少年に冤罪をもたらせるようなずさんな制度を求めているわけでもありません。

しかしながら、被害者側の権利があまりにも弱すぎるとは実感しています。加害者側と

被害者側の双方にとって、より正しい事実認定を行うようにすることは決してマイナスではなく、当然かつ基本的なことではないでしょうか。

 

 

一.「犯罪内容」に関連して

 

 暴力犯罪については、軽微な犯罪と区別して対処する。

 現行少年法の精神は、その処遇においても、犯罪の軽重を重視してきませんでした。

しかし、こうしたなかで凶悪・重大な犯罪が頻発し、さらに低年齢化してきている事実は否定できません。少なくとも、他人の命を奪うような犯罪は万引きや窃盗などと同列に

扱うべきではないし、それは14歳未満のいわゆる「触法少年」についても当てはまる

ことではないかと考えます。

 誤解のないように述べておきますが、私たちは加害少年に厳罰・極刑を求めているわけではありません。しかしながら、現行少年法が施行された昭和二四年当時の少年犯罪と

比較すると、現在の凶悪・重大な少年犯罪の質は変化しています。動機の希薄化、愉快犯化、少年法を認識した上での確信犯の増加などを直視した場合、やはり犯罪の軽重に対する見直しは不可欠ではないでしょうか。

 

 

一.「保護者責任」に関連して

 

 加害少年の保護者に対する責任を明らかにする。

 保護者の責任を明文化することによって、親は責任のある子育てができるようになると考えるわけですが、これについては諸関係機関でも議論が活発になってきているため、

いまのところ見直しの必要性を示すにとどめ、具体的な言及は控えます。

 

 

一.「年齢」に関連して

 

 年齢の見直しをする。

 これについても、諸関係機関でも議論が活発になってきているため、いまのところ

見直しの必要性を示すにとどめ、具体的な言及は控えます。

 

 

III 要望に関する今後の課題

 私たちは法律の専門家ではありません。したがって、私たちの要望がそのまま法律に

盛り込める要件を満たしているとは思えません。しかし、明らかにこの要望の中にあると信じているのは、被害当事者の実体験を通した絵空事ではない実感です。

 少年法の改正を切に願う私たちとしては、実際に少年法改正の問題を検討されている

法律の専門家の方々や国会議員の方々にも、私たち当事者の要望を聞いてもらって、

できるだけ多くの要素を盛り込んでいただきたいと思っています。

 今回の要望は、十一家族全員の意見が一致した、いわば最大公約数的な要望ですが、

個々の要望は他にもたくさんあり、この部分については要望書とともに提出する個人の

「上申書」の中で述べさせていただきました。また、今回は要望していませんが、加害者弁護人制度はあって被害者弁護人制度がないなど、いわゆる「被害者保護」の問題も山積しています。

 今後、私たちは、多方面との建設的な話し合いを通じて、少年法改正の要望のさらなる充実を期したいと思います。

 以上、少年犯罪被害当事者の立場で改正を要望いたしました。

 今、英断をもってこの欠陥を改正しなければ、日本は犯罪大国になるばかりか、将来に暗い影を背負う結果になりかねないと危惧しています。

 未来の日本を担う青少年の健全育成のためにも、少年法改正は急務だと考えます。この国の崩壊を防ぐ意味からも、ぜひ、ご理解いただきたいと思います。

 

 

 

 法 務 大 臣  下 稲 葉 耕 吉 殿